プラセンタの歴史

スポンサードリンク

プラセンタが、人の健康や美容に利用されたというその歴史は意外に古いものがあります。紀元前「医学の父」と呼ばれるヒポクラテスがプラセンタを治療薬として使用していたという事実があります。また、東洋では約4000年前の中国において、「紫河車」という名で、秦の始皇帝の時代には不老長寿の薬として珍重されていまいた。西洋においてはクレオパトラ、マリーアントワネットも若返りと美容目的でプラセンタを使用していたようです。
プラセンタの利用は美容目的だけではありませんでした。戦時中は兵士の負傷の手当に有効か医薬品として使用されていたりもしました。プラセンタの効力が広く知れていたといえましょう。

日本でのプラセンタの歴史

プラセンタは、日本でも江戸時代に「虚を補う」薬として、肺結核、貧血、喘息、全身衰弱などに利用されていました。加賀の名薬「混元丹」は、滋養強壮に効果のある薬剤として400年の歴史を持っていますが、江戸時代には主材料も胎盤をもちいていたということですが、現在は配合されていないとのことです。

※上記の記述は一般論として流通している情報であり確定した内容ではありません。詳しくはこちら(プラセンタの本当の歴史って?)をご覧下さい。

近代におけるプラセンタ開発史

1933年 ソ連の医師フィラトフ博士「組織療法」で胎盤を使用
1947年 医薬品の胎盤製剤(錠剤)発売
1953年 稗田憲太郎博士日本に組織療法を伝える
1956年 更年期障害の治療薬として「メルスモン」が認可を受け発売(当初の適応症:更年期障害、乳汁分泌不全、疲労、貧血症、術後回復、虚弱児発育障害の治療薬)
1959年 稗田憲太郎博士の開発した「胎盤漿」が肝硬変治療薬「ラエンネック」として認可を受け発売
スポンサードリンク
Filed under: 基礎知識 — admin 4:04 PM